「吾唯足るを知る」という言葉。

京都の龍安寺というお寺にこの文言が彫られた蹲踞(つくばい)があります。
これは、写真とかでもよく登場することもあってあまりにも有名なのでご存知の方も多いと思います。

こんなん

私、京都で初めて住んだ場所が嵐山でして。
龍安寺は近所だったので引っ越した日にまず訪れた記憶があります。
あまり学の無い私ですら

「見たことある!!」(^m^

って言っちゃう程のものです。

真ん中の四角い水を入れる部分を共有すると上から時計回りに「吾唯足知(われ ただ たるを しる)と読めます。
「私は満ち足りていることだけを知っている」という意味になるのかな…

「吾唯足知」というのは、簡単には悟る事ができないような、複雑で難しい意味なのだと思います。

私なりの解釈だと
「満足することができる者は貧しくても幸せであり、満足すらできない者はたとえ裕福でも不幸である。」
ということかと思います。

過不足を考えることなく原寸大の現状を理解して今に満足すること。

「今に満足するな!向上心を持て!」
と言われるかもしれませんが…

その感覚を知るということ。

それは本当の幸せを感じる為には、とても大切な事ではないでしょうか。

(ちょっと何を言ってるのか分からなくなってきましたw)

まぁ…私自身の実感としても言えますがw
人間の欲望は本当に際限がないです。

だからそれを追い求め続けてもきりがないことだろうし
追い求めることをしても一生掛かっても満足を得られないでしょう。
たぶん。絶対。

私も、まず身の程を知ります。

そうすることでもっと前に進めるところが自然と分かるかもしれません。

…なんでこんなコトを書いたのか。

娘とべったり一緒に今日一日を過ごして本当に幸せだったからです。
「パパ、はぁちゃん(はづきって名前です)がいるだけで幸せ」

なぁ~んて親バカで締めときますw